福井県史 年表                                        


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西暦 和暦 事項
951 天暦5 1 30 従五位下橘恒平を越前介に任じる.
951 天暦5 10 23 道守・鎧・糞置荘の荒廃を報告する越前国足羽郡庁牒が東大寺諸荘収納使に出される〔大18の2-257〕.
952 天暦6 3 2 越前国司が追捕使・押領使の停止を求める解を提出〔朝野群載〕.
952 天暦6 11 8 越前国の追捕使・押領使を停止〔朝野群載〕.
953 天暦7 2 13 諸国の社寺を修造させる〔扶桑略記〕.
954 天暦8 12 19 村上天皇の写経完成.写経に勤仕したことにより,越前目代安部忠茂に絹2疋を与える〔歴代宸記(願文集)〕.
955 天暦9


956 天暦10 7 11 越前権少掾清海仲海を撰国史所に転属させる〔類聚符宣抄〕.
957 天徳1


958 天徳2


959 天徳3 12 4 勘解由使および主計・主税2寮に国司の功課勘申の期日を守らせる〔政事要略〕.
960 天徳4 9 28 焼失した内裏の造営を定める.建春門は若狭が,四面廊の東面は伊勢と越前が担当〔扶桑略記〕.
961 応和1 4 23 疫病流行により,諸国に奉幣読経させる〔扶桑略記〕.
962 応和2 2 5 結政.宣旨を下して越前などの用残を勘申させる〔西宮記〕.
962 応和2 3 21 正六位上行主計助兼算博士越前権大目大蔵具伝,応和4年甲子革令勘文を作る〔甲子革令勘文〕.
963 応和3


964 康保1 1
大蔵弼邦を越前掾に任じる〔外記補任〕.
965 康保2


966 康保3 1 16 源高明を右大臣に任じる.
967 康保4 2 10 若狭守某季明,国忌の物が粗悪であるため過状を提出〔西宮記〕.
967 康保4 8 7 越前守紀文相について,本任放還を待たず任符に請印するようにとの左大臣宣あり〔類聚符宣抄〕.
968 安和1 7 13 越前国正四位下横山神に従三位を授ける〔日本紀略〕.
969 安和2 3 25 源満仲らの謀反密告により,源高明を大宰員外帥に左遷(安和の変).
970 天禄1 9 8 越前国に対し,春季御読経料米100石を年料米中から毎年進納するようにとの太政官符が出る〔別聚符宣抄〕.
970 天禄1

この年敏子内親王家がこの年の巡給により,秦光頼を越前権少掾に任じるよう申請し、任じられたが秦光頼は赴任せず〔魚魯愚鈔〕.
971 天禄2 1 29 正五位下菅原輔正を越前介に任じる(弁官補任補闕では同月19日)〔公卿補任〕.
971 天禄2 7 19 若狭国に舂米100石,越前国に絹100疋を進上するようにとの太政官符が出る〔別聚符宣抄〕.
971 天禄2 12 26 越前介菅原輔正とみえる〔大18の1-224〕.
972 天禄3 5 3 若狭国遠敷郡志積浦を妙香房に施入するとの天台座主良源遺告が書かれる〔平305〕.
973 天延1 4 24 強盗が前越前守源満仲宅を囲んで放火〔日本紀略〕.
973 天延1 6 20 女御藤原煌子,摂関家の邸宅の堀河院に移る.同行し奉仕した侍臣のなかに若狭守藤原元尹あり〔親信卿記〕.
974 天延2 2 25 若狭守藤原弘頼ら赴任の由を奏上〔親信卿記〕.
975 天延3


976 貞元1 1 28 大江匡衡を越前権大掾に任じる〔中古歌仙三十六人伝〕.
977 貞元2


978 天元1

この年藤原実資,『小右記』を記す(長元5年まで).
979 天元2


980 天元3 12 1 気比大神宮寺が雷火により焼亡〔平320〕.
981 天元4 3 8 越前守藤原景康赴任し,翌日気比大神宮に奉幣.前越前権守中臣丸良用,修理を訴える〔平320〕.
981 天元4 10 10 越前国出身の長隆が興福寺維摩会講師を務める〔維摩経義疏,僧綱補任〕.
982 天元5 5 28 前越前権守中臣丸良用に気比大神宮寺を造立させるようにとの越前国司あて太政官符出る〔平320〕.
982 天元5

この年正六位上勝浦(輔ヵ)奉を越前少目に,正六位上壬生公忠を若狭権目に任じる〔除目大成抄〕.
983 永観1


984 永観2 8 18 正六位上布勢数成を越前権大目に任じる〔除目大成抄〕.
985 寛和1

この年慶滋保胤『日本往生極楽記』を著す.
986 寛和2 5 17 勘文にみえる獄囚のうちに越前国出身の大中臣光忠あり〔西宮記〕.
986 寛和2 9 20 前越前権守中臣丸良用を使として気比社を造営し,御子宮・母帝尊神が遷宮と伝える〔気比宮社記〕.
987 永延1 6 3 藤原実資の日記に越前守藤原景斉とみえる〔小右記〕.
988 永延2 (5) 8 強盗藤原道風が前越前守藤原景斉らの宅に入る〔日本紀略〕.
988 永延2 11 8 尾張の郡司・百姓ら,国守藤原元命の非法31か条を訴える.
989 永祚1 2 1 源乗方を式部省造作の功により越前守に任じる〔小右記〕.
989 永祚1 7 21 越前国出身の三国行正(雅憲)が京の粟田口で随兵を率いた藤原貞正に射殺される.貞正らは23日に逮捕される〔小右記,日本紀略〕.
990 正暦1 2 13 慈忍和尚の遺誡により,若狭国遠敷郡志積浦を延暦寺妙香院に施入〔門葉記〕.
991 正暦2 6 1 従四位上平親信を越前守に任じる(一説に翌年)〔公卿補任〕.
992 正暦3


993 正暦4 1 13 従三位式部大輔菅原輔正に越前権守を兼任させる〔公卿補任〕.
994 正暦5

この年諸国で疾疫が流行.
995 長徳1 9 6 若狭国が唐人70余人が来着したと報告してきたことにつき,越前国に移すと決定〔日本紀略〕.
995 長徳1 9 22 越前国が交易絹10疋の解文を奏する〔権記〕.
995 長徳1 9 24 若狭の唐人朱仁聡を越前に移すよう官符を若狭に下したにもかかわらず,同国が唐人の解文を進上してきたことに対し,若狭国司を召問するようにとの定あり〔権記〕.
995 長徳1 10 6 若狭・越前・出雲などの国の解文あり〔権記〕.
996 長徳2 1 15 正五位下行式部権少輔兼文章博士の大江匡衡が越前・尾張などの国守を兼任したいと申状を提出〔本朝文粋〕.
996 長徳2 1 25 正六位上巨勢為延を若狭権掾に,従四位上源国盛を越前守に,正六位上藤原兼済を越前権介に,正六位上新井為渕を越前少掾に,正六位上安倍晴忠を越前権大掾に,正六位上宇自可春利を越前大目に任じる〔長徳二年大間書〕.
996 長徳2 1 28 越前守源国盛を罷めさせ淡路守藤原為時をかわりに任じる〔日本紀略〕.
996 長徳2 2 11 若狭権掾巨勢為延の赴任にあたり,路次の国は食料を支給するようにとの太政官符が出る.しかし,その後為延は若狭権掾は本望でないと,任符を返上〔除目大成抄〕.
996 長徳2 4 24 従三位菅原輔正を参議に任じる.式部大輔・越前権守は留任〔公卿補任〕.
996 長徳2

この夏紫式部,父と共に越前に行く.
997 長徳3 1 22 正六位上錦良盛を若狭権掾に任じるよう花山法皇からの要望あり〔大間成文抄〕.
997 長徳3 1 28 正五位下式部権少輔大江匡衡に越前守を兼任させる〔中古歌仙三十六人伝〕.
997 長徳3 6 13 高麗国の牒に関し越前・太宰府にいる大宋国の朱仁聡らを帰国させることを議する〔小右記〕.
997 長徳3 7 19 この春越前が進上した伊勢幣料の率分綾5疋について,正蔵収納以前に斎会の講師装束料に使われたことが判明〔権記〕.
997 長徳3 7 26 先日越前国が上申した劔宮(脱文あり)栄爵については,傍例を調べるようにとの宣旨あり〔権記〕.
997 長徳3 10 28 宋商朱仁聡が若狭守源兼隆(兼澄ヵ)を凌轢〔小右記〕.
997 長徳3 11 11 宋商朱仁聡が若狭守源兼隆を凌轢した件につき,明法家に罪名を調べさせる〔百錬抄〕.
998 長徳4 3 21 越前劔大神宮神主伊部守忠の栄爵に預りたいとの文につき,藤原行成が協議〔権記〕.
998 長徳4 7 15 蔵人頭左中弁藤原行成が病気のため,大江匡衡に作らせた辞表を若狭掾為衡に書写させ提出〔権記〕.
998 長徳4

この年東大寺領諸国荘家田地目録が作られる〔大18の3-49〕.
999 長保1 4 1 衛門府が閏3月の官人の上日を報告したなかに,番長の伴清光は越前国当年の大粮使とある〔平380〕.
1000 長保2 1 20 越前掾紀兼輔が弾正忠への就任を奏請する由を,藤原行成が弾正宮に報告〔権記〕.
1000 長保2 4 9 雑色藤原頼経を去年百五物を催す使として越前に派遣したが,今なお参上しないので,解任し藤原頼任に替える〔権記〕.
1000 長保2 6 28 気比神宮寺別当を救い申す国解を藤原行成が処理〔権記〕.
1000 長保2 8 24 大宋商客朱仁聡が越前国にいた時,献じた雑物代が未払いになっていると朱仁聡が大宰府に移ってから訴えてきたことについて,皇后定子の指示あり〔権記〕.
1000 長保2 10 9 内裏新造につき,中宮御座に関し絹50疋を進上させる蔵人所牒を作る.そのなかに越前・但馬など5か国に各10疋ずつあてるとみえる〔権記〕.
1000 長保2 11 25 東寺の宝蔵が焼亡し,越前国高輿荘公験など焼失〔平404〕.