福井県史 年表                                        


507- 701- 751- 801- 851- 901- 951- 1001- 1051- 1101- 1151- 1201- 1251- 1301- 1351-
1401- 1421- 1441- 1461- 1481- 1501- 1521- 1541- 1561- 1581- 1601- 1621- 1641- 1661- 1681-
1701- 1721- 1741- 1761- 1781- 1801- 1821- 1841- 1851- 1861- 1871- 1881- 1891- 1901- 1911-
1921-
1931- 1941- 1946- 1951- 1956- 1961- 1966- 1971- 1976- 1981- 1986- 1991-  【凡例】


西暦 和暦 事項
1621 元和7 5 15 松平忠直,坂井郡の大湊神社に社領200石を寄進して再興.本殿,福井藩の大工石井備中によって造営される〔大湊神社文書など〕.
1621 元和7

この年打它宗貞,幕府が秋田藩に課した軍役板100枚を能代から敦賀まで運ぶ〔梅津政景日記〕.
1622 元和8

この年諸大名のあいだで松平忠直の北庄篭城や徳川秀忠の越前出馬まで取沙汰される〔細川家記〕.
1623 元和9 2 22 徳川秀忠,松平忠直生母を北庄に遣わし,忠直の隠居と世子光長襲封の内意を伝える〔家譜〕.
1623 元和9 2
忠直豊後に配流,子の光長が福井藩を継ぐ〔寛政譜,家譜〕.
1623 元和9 3 15 忠直,北庄を出立,敦賀にしばらく滞在〔家譜〕.
1623 元和9 6 28 酒井忠勝,徳川家光に従って上洛〔酒井家稿本〕.
1623 元和9 7 27 秀忠,家光に将軍職を譲る.
1623 元和9 7 29 福井藩年寄へ幕府から「越前国仙千代丸(光長)に仰せ付けらる」という条々が出される〔家譜〕.
1623 元和9 (8) 6 忠勝,幕府の命により忠直の家臣寺田木工助を監禁〔酒井家稿本〕.
1623 元和9

この年忠勝,家光の将軍襲職に先立って老中となる.
1624 寛永1 4 15 幕府,松平光長を越後高田25万石に移し,松平忠昌を北庄50万5280石に封じる〔家譜〕.
1624 寛永1 4
敦賀郡,福井藩領から幕府領となる〔家譜〕.
1624 寛永1 4
遠敷郡中ノ畑村と段村,入会地について争う〔中ノ畑区有文書〕.
1624 寛永1 5 18 本多成重,丸岡藩4万6300石の初代藩主となる〔寛政譜〕.
1624 寛永1 6 8 松平直政,5万石で大野へ配され,大野藩成立〔家譜〕.
1624 寛永1 6 8 松平直基,3万石で勝山へ配され,勝山藩成立〔家譜〕.
1624 寛永1 6 8 松平直良,2万5000石で木本へ配され,木本藩成立〔家譜〕.
1624 寛永1 6
平泉寺玄成院が支配する白山社,200石の朱印地寄進をうける〔平泉寺文書〕.
1624 寛永1 7 14 敦賀郡の東浦,塩年貢の減免を願い出る〔中山正彌家文書〕.
1624 寛永1 7 19 忠昌越前入部,この時北庄を福居(のち福井)に改める〔家譜〕.
1624 寛永1 7
忠昌,入国にあたり家臣に「御掟」を出す〔家譜〕.
1624 寛永1 8
忠昌,家中の武具や軍法役付などを定める〔家譜〕.
1624 寛永1 8
福井藩,代官や検見奉行にその職務などについて定めを出す〔家譜〕.
1624 寛永1 8
酒井忠勝,武蔵・上総両国内に2万992石の加増をうける〔酒井家稿本〕.
1624 寛永1 11
福井藩,敦賀郡阿曽・杉津・横浜・大比田の各浦に対し「今庄領之御山」立入を禁止〔中山正彌家文書〕.
1624 寛永1 12
忠昌,伝馬定を出す〔竹内嘉右衛門家文書〕.
1624 寛永1

この冬敦賀郡,小浜藩領となる〔寛政譜〕.
1624 寛永1

この年忠昌,城下に東光寺を移建.
1625 寛永2 2
府中の町人町の数18,家数884軒〔浅井家文書〕.
1625 寛永2 4 29 福井の魚問屋ら,南条郡河野浦と赤萩村の争いを仲裁〔中村三之丞家文書〕.
1626 寛永3 1
松平忠直,豊後萩原より津守村へ移る〔家譜〕.
1626 寛永3 3 11 酒井忠勝,武蔵鳴戸領・上総姉崎領内に2万石の加増をうける〔酒井家稿本〕.
1626 寛永3 5
松平忠昌,平泉寺賢聖院へ100石を寄進〔平泉寺文書〕.
1626 寛永3 9 6 忠勝,徳川家光に従って参内し,後水尾天皇より太刀を賜わる〔酒井家稿本〕.
1626 寛永3

この年福井藩,沖の口法度を制定〔宮川五郎右衛門家文書〕./大野藩,寺社屋敷地を検地〔寺町名寄帳〕./本多重看,父成重の所領の内3000石を分知される〔寛政譜〕./本多富正,南条郡瀬戸村の木地師に木地木の伐採を許す〔伊藤助左衛門家文書〕.
1627 寛永4 11 14 酒井忠勝,家督を相続し,8万2300石を給され川越に移る〔酒井家稿本〕.
1627 寛永4

この年九頭竜川の氾濫原を開発して北野新田が成立〔家譜〕./敦賀で売買両問屋がすでに成立している〔寛文雑記〕./劒社本殿建立.
1628 寛永5 2 10 京極忠高,組中村むらに百姓を1人も「走らせ」ないことなどを命じる〔清水三郎右衛門家文書〕.
1628 寛永5 2
敦賀郡大比田浦の百姓,刀・脇差で南条郡大谷浦人と争う〔向山治郎右ヱ門家文書〕.
1628 寛永5 9 1 松平直政,劒社へ改出分21石3斗2升5合を寄進〔劒神社文書〕.
1628 寛永5 12 27 松平忠昌,東照社を勧請〔家譜〕.
1628 寛永5

この年福井藩,江戸城石垣造営役を務める〔家譜〕./今立郡五箇の三田村和泉吉家,大御所徳川秀忠・将軍家光に謁する〔三田村士郎家文書〕.
1629 寛永6 1 28 福井藩,山伏に御城火伏の祈祷を行わせる〔家譜〕.
1629 寛永6 6 17 松平忠昌,福井の東照社に300石寄進〔家譜〕.
1630 寛永7 3
松平直基,平泉寺賢聖院へ30石寄進〔平泉寺文書〕.
1630 寛永7 8 5 福井藩,宗門改を行い,家中の諸士・百姓から手形を提出させる〔家譜〕.
1630 寛永7

この年福井藩の五人組制度,1632年の間に定められる./大野郡皿谷村,夏成綿737匁を大野藩に納める〔松浦平六家文書〕.
1631 寛永8 3 26 京極忠高,小浜の田中有嘉と桑村二郎兵衛に家屋敷と船諸役を免許〔長井健一家文書,桑村文書〕.
1631 寛永8 3 26 忠高,小浜の河舟九右衛門に家屋敷と諸役免許状を交付〔熊川区有文書〕.
1631 寛永8 8
土井利房,利勝の四男として生まれる〔土井家文書〕.
1631 寛永8

この頃大野郡の堂島金山衰退〔伊藤三郎左衛門家文書〕./今立郡五箇,紙草を粟田部・府中の市で買い入れる〔三田村士郎家文書〕.
1632 寛永9 3
南条郡今泉浦の「今泉浦五人与之覚」に福井藩の五人組の記載がある〔西野次郎兵衛家文書〕.
1632 寛永9 9 19 酒井忠勝,武蔵吉見領内に2万石の加増をうける〔酒井家稿本〕.
1632 寛永9 12 12 丹生郡糠浦の孫兵衛,米ノ浦人からそり子舟を抵当に借銀〔玉村文書〕.
1632 寛永9

この年九頭竜川河口に潅頂寺刎枠が造られる〔久末重松家文書〕.
1633 寛永10 1 23 敦賀西浦の百姓,新課役の免除を願い出る〔色浜区有文書,山本宗右衛門家文書〕.
1633 寛永10 3
敦賀郡沓浦の百姓と庄屋,争論をおこす〔山本宗右衛門家文書〕.
1633 寛永10 4 22 松平直政,大野から信濃松本7万石に転封.その跡を丸岡藩が預かる〔家譜,花倉家文書〕.
1633 寛永10 11 16 福井藩,欠落に対する過料銀を定める〔家譜〕.
1633 寛永10

この年幕府巡見使,越前・若狭を訪れる〔敦賀市史〕.
1634 寛永11 7 15 京極忠高,小浜の常高寺に近江蒲生郡長田村の内110石を寄進〔常高寺文書〕.
1634 寛永11 (7) 6 忠高,出雲松江に移封,その跡へ酒井忠勝が入る〔江戸幕府日記〕.
1634 寛永11 8 4 松平忠昌,将軍徳川家光に伴って上洛し50万5280石の領知判物を賜る〔家譜〕.
1634 寛永11 8 12 幕府,小浜城の石垣・塀などの破損修復と堀の砂さらえを許可〔酒井家文書〕.
1634 寛永11 8 19 忠勝,若狭へ入部〔酒井家文書〕.
1634 寛永11 8 26 忠勝,「家中法度之覚」を出す〔酒井家稿本〕.
1634 寛永11 8
忠昌,禁中に米2700俵と綿1200把を献上〔国事叢記〕.
1634 寛永11 11 3 小浜藩,「国中郷組相立候条々」を制定,同時にキリシタンを禁制〔荒木新輔家文書〕.
1634 寛永11 11 14 忠勝,京都屋敷の留守居に15か条の条目を出す〔酒井忠勝書下〕.
1634 寛永11 11 15 忠勝,敦賀町奉行に15か条の条目を出す〔酒井忠勝書下〕.
1634 寛永11 11 16 青蓮院尊純法親王,忠勝に気比社の保護を依頼〔気比神宮文書〕.
1634 寛永11 11 18 忠勝,小浜町奉行に12か条の条目を出す〔酒井忠勝書下〕.
1634 寛永11 11 18 忠勝,国元の年寄衆に15か条の条目を出す〔旧藩秘録〕.
1634 寛永11 12
忠勝,幸福太夫のせがれの舞修得に便宜を与えようとする〔酒井忠勝書下〕.
1634 寛永11

この年福井藩,南条郡二ツ屋村に口留番所を設置〔家譜〕./小浜藩,敦賀の笙ノ川西岸に町立てをし,茶商人を住まわせる〔指掌録〕./伊勢専修寺と丹生郡の畠中専修寺,本寺をめぐり争う./南条郡島村で鰐口や梵鐘が鋳造される〔日野神社鰐口銘〕.
1635 寛永12 1 11 松平直基,勝山町大蓮寺へ勝山河原の新開地20石を寄進〔大蓮寺文書〕.
1635 寛永12 1 13 直基,勝山町神明社別当興福寺へ37石1斗を寄進〔國泰寺文書〕.
1635 寛永12 2 11 小浜城天守の普請,幕府から許される〔酒井家稿本〕.
1635 寛永12 5 16 酒井忠勝,日光東照宮奉納の鷹の絵の吟味を指示〔酒井忠勝書下〕.
1635 寛永12 6
将軍徳川家光,武家諸法度を公布し,外様大名に参勤交代を命じる(1642年に譜代大名も加えられる).
1635 寛永12 8 1 直基,大野に入封〔家譜〕.
1635 寛永12 8 1 松平直良,勝山へ移封.その際木本領から高5000石を加増〔家譜〕.
1635 寛永12 8 3 安宅丸船中で猿楽とともに祝儀として幸若舞が行われる〔徳川実紀〕.
1635 寛永12 8
忠勝,耳川の水利を修する〔酒井家稿本〕.
1635 寛永12 9 7 忠勝,国元の家老に五人組制とキリシタン改を指示〔酒井忠勝書下〕.
1635 寛永12 10 13 中井正純,小浜城の棟上げを指揮.
1635 寛永12 11 3 伊勢・越前両専修寺の本寺争い,越前側敗訴〔法雲寺文書〕.
1635 寛永12 11 11 敦賀郡大比田浦で宗門改実施,戸主全員が請状を提出〔中山正彌家文書〕.
1635 寛永12 12
直基,平泉寺へ繋馬を描いた絵馬を奉納.
1635 寛永12

この春福井藩,浅草御門普請手伝を務める〔家譜〕.
1635 寛永12

この年三方郡世久見浦,枝村の食見と出入〔渡辺市左衛門家文書〕./福井藩,大野郡木本領のうち2万石を預かる〔家譜〕./敦賀の鋳物師,滋賀県マキノ町願慶寺の梵鐘を鋳造〔敦賀市史〕.
1636 寛永13 4 17 酒井忠勝,鷹の絵の扁額と屏風を日光東照宮へ奉納〔酒井家稿本〕.
1636 寛永13 10 17 小浜城天守閣の造営完了〔酒井家稿本〕.
1636 寛永13

この年福井藩,江戸城惣郭造営役を務める〔徳川実紀など〕./小浜の八幡小路に市の塔を移す〔拾椎雑話〕.
1637 寛永14 2
丹生郡米ノ浦の小百姓と庄屋,田畑の割方などについて争う〔玉村文書〕.
1637 寛永14 3
福井藩,預所であった旧木本領2万石を加増され52万5280石となる〔家譜〕.
1637 寛永14 3
酒井忠勝,遠敷郡羽賀寺の仁王門を再建〔酒井家稿本〕.
1637 寛永14 8
遠敷郡本保村の小百姓,庄屋を訴える〔清水三郎左衛門家文書〕.
1637 寛永14 10
天草・島原の一揆おこる.
1637 寛永14

この年松平忠昌,島原の乱に藩士を陣中見舞いに派遣〔家譜〕./岩佐又兵衛,将軍家御用により出府./福井藩,廻米のため領内惣浦方の漁船に城米を積むように命じる〔三国町史〕.
1638 寛永15 2 11 松平直政,松本から出雲18万6000石へ転封〔家譜〕.
1638 寛永15 2 15 徳川家光,小浜の常高寺に近江蒲生郡長田村の内300石を寄進〔常高寺文書〕.
1638 寛永15 11 7 酒井忠勝,大老就任〔酒井家稿本〕.
1638 寛永15

この年小浜八幡宮の祇園会祭礼で練物が認められる〔拾椎雑話〕./松平忠昌,狩野了之を京都で召し抱える〔松平文庫〕./今立郡大本村の畑を周辺の木地師が請作〔田中作右衛門家文書〕.
1639 寛永16 7
幕府,ポルトガル船の来航を禁止.
1640 寛永17 5
加賀の船主,秋田米550俵のうち500俵を敦賀の美濃屋に届ける〔橋詰久幸家文書〕.
1640 寛永17 9 14 小笠原貞信,下総関宿藩を継ぎ,まもなく美濃高須に転封〔寛政譜〕.
1640 寛永17 11 11 高嶋屋伝右衛門,敦賀三日市町の加賀藩蔵屋敷を預かる〔小宮山文書〕.
1640 寛永17

この年小浜の西津漁師町で火事.この後,小浜藩,城下西津漁師町と侍屋敷の間に火除地を設ける〔酒井忠勝書下〕./小浜藩,家中に馬扶持を与える〔小浜市史〕./小浜のはかせの舟主2人,新式の舟持48人〔拾椎雑話〕./小浜町の家数1728・人口9712人,家職数86・その人数2208人〔拾椎雑話〕.