福井県史 年表                                        


507- 701- 751- 801- 851- 901- 951- 1001- 1051- 1101- 1151- 1201- 1251- 1301- 1351-
1401- 1421- 1441- 1461- 1481- 1501- 1521- 1541- 1561- 1581- 1601- 1621- 1641- 1661- 1681-
1701- 1721- 1741- 1761- 1781- 1801- 1821- 1841- 1851- 1861- 1871- 1881- 1891- 1901- 1911-
1921-
1931- 1941- 1946- 1951- 1956- 1961- 1966- 1971- 1976- 1981- 1986- 1991-  【凡例】


西暦 和暦 事項
1841 天保12 2 13 福井藩,札所元締に幕府領や大名領の円滑な両替を指示し,金1両を銀札105匁とする〔家譜〕.
1841 天保12 2
鯖江藩,産物会所を設け専売制をしく〔飯田廣助家文書〕.
1841 天保12 2
勝山藩家老林毛川,「時務拙論附改革要務」を著し藩政改革に取り掛かる〔松井家文書〕.
1841 天保12 3 4 勝山城下で火事,町家104軒・滝波村86軒など焼失〔松屋文書〕.
1841 天保12 3 11 福井藩,中根雪江を勝手掛に任命.
1841 天保12 3
野尻銅山地元11か村,銅山稼行の再開に反対〔村松喜太夫家文書〕.
1841 天保12 4 5 福井藩,家中半禄を免じ10か年の日懸銀調達を指示〔家譜〕.
1841 天保12 4 23 福井藩,町在に日懸り上納銀を命じる〔家譜〕.
1841 天保12 4
勝山藩医秦魯斎,藩校創設を再び願い出る〔勝山の歴史〕.
1841 天保12 5 10 小浜藩,野尻銅山再掘の伺を老中へ提出〔酒井家稿本〕.
1841 天保12 5 15 老中水野忠邦,天保の改革を開始.
1841 天保12 6
鯖江藩,江戸邸内に御稽古所を移転して惜陰堂と改称〔鯖江郷土誌〕.
1841 天保12 7 21 柴田一作,大野を訪れ道話を行う(〜9.3)〔斎藤寿々子家文書〕.
1841 天保12 8 10 鞠山藩主酒井忠,大坂定番を命じられる〔酒井家稿本〕.
1841 天保12 8 26 小浜藩,物成の扶持米渡しを1年に限り知行高通りに渡す〔団嘉次家文書〕.
1841 天保12 9 11 福井藩,50年来の諸株と免札を当分差し止める〔家譜〕.
1841 天保12 9 25 福井藩,町在からの上納銀を御札所へまわす〔家譜〕.
1841 天保12 9 29 福井藩,社倉の再興を命じる〔家譜〕.
1841 天保12 9
小浜藩,10月にかけて村むら家別に厳重な人馬改めを実施〔熊川区有文書など〕.
1841 天保12 9
大坂の住友,伊予別子銅山の職人を派遣し,野尻銅山を再開.
1841 天保12 9
勝山藩,読書堂を開く〔勝山の歴史〕.
1841 天保12 10 1 間部詮勝,家中に文武の奨励を布告〔間部家文書〕.
1841 天保12 10 12 福井藩領浦うらで西風による高波のため家居などに被害でる〔家譜〕.
1841 天保12 10
幕府,諸藩に囲籾を命じる〔家譜〕.
1841 天保12 10
丹生郡内の24か村,幕府領から福井藩預領に戻すよう願い出る〔岩堀健彦家文書〕.
1841 天保12 11 13 小浜藩,諸色の値上げ禁止と値段引下げを指示〔吉岡小兵衛家文書〕.
1841 天保12 11 16 福井藩,浦うらの魚荷物を敦賀の会所へ送ることをやめる〔家譜〕.
1841 天保12 12 5 小浜藩,領内の損毛高2万2757石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1841 天保12

この春小浜藩,幕府の政策に添い他国奉公の禁止を触れる〔吉岡小兵衛家文書〕.
1841 天保12

この年大野郡荷暮村,郡上藩の御手山となる./小浜藩,1843年にかけて倹約令を家中や町在に繰り返し出す.
1842 天保13 2 4 小浜藩,野尻銅山からの出銅を大坂銅座へ送ることを幕府に伺う〔酒井家稿本〕.
1842 天保13 2 15 小浜藩,敦賀郡の馬借座を廃止〔酒井家稿本〕.
1842 天保13 2 25 鯖江藩,領内へ布木綿を免札所持の仲買へ売り渡すよう触れる〔窪田家文書〕.
1842 天保13 3 24 勝山藩,町在に才覚金1万2300両を命じる〔松屋文書〕.
1842 天保13 3
面谷銅山内の家数70軒,人数451人〔面谷会文書〕.
1842 天保13 4 6 福井藩,江戸において家中へ「御省略筋」を申し渡す〔家譜〕.
1842 天保13 4 15 小浜藩,全面的な改革である「仕法替」を宣言〔団嘉次家文書〕.
1842 天保13 4 15 鯖江藩,御稽古所を進徳館と改称〔間部家文書〕.
1842 天保13 4 27 土井利忠,「更始ノ令」を発し,筆頭家老田村又左衛門らを更迭〔柳陰紀事〕.
1842 天保13 4 29 福井藩,足羽川川筋の柳伐を命じる〔松平文庫〕.
1842 天保13 4
鯖江藩,両替店を開設〔鯖江市史〕.
1842 天保13 5 15 利忠,町役人や有力商人を登城させ,勝手取続きを頼む〔宮澤秀和家文書〕.
1842 天保13 5 16 小浜藩,「勧農方」を設け下役を廻村させる〔吉岡小兵衛家文書〕.
1842 天保13 5 23 利忠,内山七郎右衛門を勝手方に転じ,その「一向奉行」を仰せつける〔土井家文書〕.
1842 天保13 5 28 鯖江藩,町方に対し質素倹約を命じる〔間部家文書〕.
1842 天保13 5 29 酒井忠義,寺社奉行となる〔酒井家文書〕.
1842 天保13 5 29 福井藩,在方の売買交易禁止の徹底と小商いの免許について触れる〔家譜〕.
1842 天保13 6 13 利忠,知行取に3年間の面扶持,金給取に減給分の割増を申し渡す〔土井家文書〕.
1842 天保13 6 21 利忠,町在からの家中役人への音信を禁止〔土井家文書〕.
1842 天保13 7
幕府,異国船打払令を止める〔家譜〕.
1842 天保13 8 15 福井藩,新札に引き替える(金1両につき新札銀60匁,古札130匁)〔松平文庫〕.
1842 天保13 8
小浜藩年寄の都筑喜兵衛,領内を巡郷〔清常孫兵衛家文書,吉岡小兵衛家文書〕.
1842 天保13 8
勝山藩,領内に倹約令を出す〔松屋文書〕.
1842 天保13 10 15 小浜藩,敦賀郡疋田村と駄口村との入会山について裁許〔酒井家稿本〕.
1842 天保13 10 20 福井藩,領内村むらへ高100石に籾2俵の囲籾を命じる〔家譜〕.
1842 天保13 12 26 福井藩,海岸絵図面と警衛人数書を幕府に提出〔家譜〕.
1842 天保13

この年鳴鹿大堰で川底をならす大工事が行われる(大連彦兵衛家文書)./鯖江藩,鯖江に両替店をおき藩札を発行.
1843 天保14 1 27 福井藩江戸常盤橋屋敷焼失〔家譜〕.
1843 天保14 2 17 小浜藩,領内への異国船漂着時の取扱いについて幕府へ届ける〔酒井家稿本〕.
1843 天保14 3 21 福井城下で火事,柳御門や侍屋敷13軒焼失〔家譜〕.
1843 天保14 4 12 福井藩,幕府から越前国の酒造鑑札139枚を受け取る〔家譜〕.
1843 天保14 4 21 福井藩,町在への日懸り上納銀を中止〔家譜〕.
1843 天保14 5 9 大野藩,町在に借金2万2786両の引受けを求める〔土井家文書,斎藤寿々子家文書〕.
1843 天保14 5 17 勝山藩,読書堂を成器堂と改称〔高嶋文庫〕.
1843 天保14 6 18 福井藩領内で大雨洪水(9月にも)〔家譜〕.
1843 天保14 7 19 土井利忠,学問所の設置を令する〔土井家文書〕.
1843 天保14 8 13 三方郡耳庄組の村むら,渇水時の配水をめぐり水門の普請を藩に願う〔酒井家稿本〕.
1843 天保14 9 20 福井藩,府中・粟田部・三国の枝札所を廃止〔家譜〕.
1843 天保14 (9) 21 間部詮勝,西丸老中を解任される〔間部家文書〕.
1843 天保14 (9)
利忠,自分の存意を実行に移すと述べる〔土井家文書〕.
1843 天保14 10 26 幕府,福井藩領内北陸道宿の人馬賃銭4割増の継年季(1848年まで)を認める〔家譜〕.
1843 天保14 10 28 福井藩,本城橋前にて海岸防御御備立足並調練を実施〔家譜〕.
1843 天保14 10
鯖江藩,紀州名目金を借用〔前田孫兵衛家文書〕.
1843 天保14 11 3 酒井忠義,京都所司代就任〔酒井家稿本〕.
1843 天保14 11 13 忠義,京都所司代着任に際し幕府から1万領を拝借〔酒井家稿本〕.
1843 天保14 11 26 福井藩,昨秋発行の新札1枚を今般2枚と引き替えることを命じる〔家譜〕.
1843 天保14 12 15 鞠山藩主酒井忠,西丸若年寄を命じられる〔酒井家稿本〕.
1843 天保14

この年今立郡大滝社の本殿・拝殿再建.
1844 弘化1 3 13 小浜町,婚礼時の石打の禁止を1829年に引き続き再度触れる〔大蔵小路文書〕.
1844 弘化1 4 26 柴田一作,大野竜泉寺で道話を行う〔斎藤寿々子家文書〕.
1844 弘化1 4
大野藩,学館を新築し明倫館と称する〔柳陰紀事〕.
1844 弘化1 5 10 江戸城本丸火災,小浜藩1万5000両の上納を願い出るが免除される〔酒井家稿本〕.
1844 弘化1 5 16 鯖江藩,柴田一作の講義を領民に聴講させる〔窪田家文書〕.
1844 弘化1 6 17 鯖江藩,家中に対し華美な衣服などを禁止〔間部家文書〕.
1844 弘化1 7 7 福井藩,4か年の半禄と600石以上の地方知行を蔵出とする〔家譜〕.
1844 弘化1 8 7 鯖江藩,町方に対し質素倹約を命じる〔間部家文書〕.
1844 弘化1 8
橘曙覧,飛騨高山の田中大秀に入門.
1844 弘化1 9
福井藩の藩札問題,一応収まる〔家譜〕.
1844 弘化1 10 7 福井藩,海岸絵図を幕府に提出〔家譜〕.
1844 弘化1 10 13 福井藩,借財の処理を内田惣右衛門ら御内用達役に頼む〔家譜〕.
1844 弘化1 10 28 福井藩,江戸城本丸炎上のため白鳥子紙30万枚のうち10万枚を献上,残り20万枚は翌年3月までに献上〔家譜〕.
1844 弘化1 10 28 福井藩,550石以下の知行物成米を村方より藩蔵所へ直納とする〔家譜〕.
1844 弘化1 10 28 福井藩,家中の着服の簡素化について規定〔家譜〕.
1844 弘化1 10
福井藩,清債方を設けて藩の借財返済を開始〔松平文庫〕.
1844 弘化1 11 18 福井藩,「義免御囲籾御趣法」を定める〔家譜〕.
1844 弘化1 11 29 福井藩,御内用達へ調達金1万両余を頼む〔家譜〕.
1844 弘化1

この暮丹生・南条郡の浦方と府中魚問屋,問屋仕法をめぐり争う〔岡田健彦家文書〕.
1844 弘化1

この年松岡天竜寺の門前に芭蕉塚が建てられる./鯖江藩,大坂鴻池に10年間の返済延期を拒否される./坂井郡鷲塚村の久保家,三国湊の廻船に出資〔久保文苗家文書〕./野尻銅山の産銅高,14万斤余.
1845 弘化2 1 16 乾風のため海上の漁船転覆,福井藩領内の漁師35人行方不明〔家譜〕.
1845 弘化2 2 29 幕府,小浜藩の内願を認めて本丸の道具として2000両余の上納を命じる〔酒井家稿本〕.
1845 弘化2 3 5 福井藩,定免と知行物成米の蔵所直納を止め元に戻す〔家譜〕.
1845 弘化2 3
大野藩,野戦砲1門を鋳造〔柳陰紀事〕.
1845 弘化2 4 20 福井藩,御内用達へ3か年で御頼金5万両余を頼む〔家譜〕.
1845 弘化2 8 6 大野藩,野戦砲の打試しをする〔斎藤寿々子家文書〕.
1845 弘化2 8 24 柴田一作,鯖江西福寺で道話を行う〔窪田家文書〕.
1845 弘化2 8
小浜藩本郷組,農作物成育期に野尻銅山の焼鉱の休止を求める〔村松喜太夫家文書〕.
1845 弘化2 8
大野藩の土田龍湾と林雲渓,適塾に留学〔柳陰紀事〕.
1845 弘化2 12 6 福井藩,幕府から銀札通用の年継ぎを許される〔家譜〕.
1845 弘化2 12 19 福井藩,5,6月の出水による領内の損毛高8万9442石余を幕府に届ける〔家譜〕.
1845 弘化2 12 20 小浜藩,領内の損毛高2万1185石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1845 弘化2

この年野尻銅山の産銅高,約19万斤./大野藩の小形元助,藩命で高島流砲術を学ぶ〔柳陰紀事〕.
1846 弘化3 3 2 福井藩,幕府から馬喰町貸付金1万7000両の拝借を許される〔家譜〕.
1846 弘化3 4 9 遠敷郡熊川村で火事,133軒焼失,新道村35軒焼失〔熊川区有文書〕.
1846 弘化3 4 28 大野藩,捨文が多いので町方に目安箱を設置〔宮澤秀和家文書〕.
1846 弘化3 5 2 柴田一作,大野を訪れ道話を行う.帰路鯖江でも行う〔斎藤寿々子家文書など〕.
1846 弘化3 5 8 土井利忠,新田野にて火術を見る〔土井家文書〕.
1846 弘化3 5
田中大秀,越前へ来遊.
1846 弘化3 7 18 台風により大きな被害.のちに福井藩,領内の損毛高10万4700石余を幕府に届ける〔家譜,間部家文書〕.
1846 弘化3 7 25 丸岡城下で大火,谷町・富田町・新町170軒余焼失〔松屋文書〕.
1846 弘化3 7
大飯郡高浜浦磯引惣組,磯引をめぐり立石・畑・鐘寄・中津海・三松の5か村と争う〔酒井家稿本〕.
1846 弘化3 8 3 土井利忠,大坂加番につく〔土井家文書〕.
1846 弘化3 8 13 府中の惣社1100年の大祭を行う〔武生市史〕.
1846 弘化3 8 15 小浜藩,幕府から米手形の10か年延長を1836年に引き続き認められる〔酒井家稿本〕.
1846 弘化3 10 14 伴信友,京都で死去.
1846 弘化3 11 14 小浜藩,領内の損毛高1万9869石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1846 弘化3

この冬福井藩勝手掛,中根雪江から天方孫八に交代.
1846 弘化3

この年福井藩の世譜掛田川清介,『国事叢記』を編さん./今立郡五箇で大野藩札が漉かれる〔岡本村史〕./鯖江藩,進徳館規則・学規などを改定〔鯖江郷土誌〕./笠原良策,福井藩に痘苗輸入の嘆願書を提出〔笠原家文書〕.
1847 弘化4 2 26 松平慶永,江戸での供連をさらに減員し,総員木綿の絞付を着用とする〔奉答紀事など〕.
1847 弘化4 3
小浜藩,領内の船改を行う〔酒井家稿本〕.
1847 弘化4 6 25 福井藩,囲籾のため代官領14に1つずつの土蔵の設置を指示〔家譜〕.
1847 弘化4 6
南条郡鯖波宿,通行量激増の理由に助郷徴発を福井藩に求める〔石倉家文書〕.
1847 弘化4 7 4 三方郡神子浦,しいら漬木場をめぐり小川浦を小浜藩に訴える〔大音正和家文書〕.
1847 弘化4 8 8 福井藩,町方の手当として籾800俵を囲い置く〔家譜〕.
1847 弘化4 10 12 鯖江藩,軍学伝授に喜多山儀兵衛を起用〔間部家文書〕.
1847 弘化4 11 12 大野藩,大野町の借家人を政事向きに悪口したとして「戸〆」に処する〔斎藤寿々子家文書〕.
1847 弘化4 11 26 大野藩,落文を開封せず焼却することを触れる〔斎藤寿々子家文書〕.
1847 弘化4 11 26 福井藩,江戸でハントウモルチールとヤセンの鋳造を幕府に届ける〔家譜〕.
1847 弘化4 11
三方郡鳥浜村,炭焼をめぐり北前川村と争う〔千田九良助家文書〕.
1847 弘化4 12 7 福井藩,領内の損毛高7万7500石余を幕府に届ける〔松平文庫〕.
1847 弘化4 12 9 小浜藩,領内の損毛高2万728石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1847 弘化4

この春福井藩,西尾源太左衛門父子を高島流砲術家下曽根金三郎に入門させる〔奉答紀事〕.
1848 嘉永1 1 20 土井利忠,改めて文武奨励の直書を下す〔土井家文書〕.
1848 嘉永1 3 17 大野藩,明倫館の「御守法替」を行う〔土井家文書〕.
1848 嘉永1 4 10 大野藩,新田野にて高島流野戦砲50発の早打ちを行う〔土井家文書〕.
1848 嘉永1 5 4 小浜の商船,松前大島辺で異国船と遭遇し所望の品を渡す〔酒井家稿本〕.
1848 嘉永1 5
異国船,庄内藩の沖合へ来る.福井藩・鯖江藩へも報じられる〔間部家文書〕.
1848 嘉永1 5
勝山藩,長山の鉄砲場に講武台の建設を始める〔松屋文書〕.
1848 嘉永1 8 13 小浜町で洪水,湯岡橋・土橋・板橋落ちる〔団嘉次家文書〕.
1848 嘉永1 8
福井藩,江戸の洋式大砲鋳師安五郎を招き西洋砲を製造〔奉答紀事〕.
1848 嘉永1 10
丸岡藩の荒木次郎大夫と小川継右衛門,小形元助に入門〔鈴木善左衛門家文書〕.
1848 嘉永1 11 15 福井藩,家中に厳重な飲食の制を令す〔家譜〕.
1848 嘉永1 11 22 幕府,福井藩領内北陸道宿の人馬賃銭4割増の継年季(1853年まで)を認める〔家譜〕.
1848 嘉永1 12
福井藩,笠原良策の嘆願を聞き入れ,幕府に痘苗輸入の願書を提出〔笠原家文書〕.
1848 嘉永1

この春住友,野尻銅山の休山を小浜藩に願い出る〔住友史料館文書〕.
1848 嘉永1

この年丸岡藩の有馬純信,帰郷して平章館督学に任じられる.
1849 嘉永2 1 15 福井藩,勧農方を設ける〔家譜〕.
1849 嘉永2 1 15 小浜藩,前年の領内損毛高2万2070石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1849 嘉永2 1 20 福井藩,産物御趣法をやめる〔家譜〕.
1849 嘉永2 1
小浜藩,敦賀両浜と西浦に目広手繰網漁の裁許状を出す〔港町漁家組合文書〕.
1849 嘉永2 2 18 能登鳳至郡の沖合に異国船が現われる〔間部家文書〕.
1849 嘉永2 3 13 福井藩,国元での大砲6挺の鋳造を幕府に届ける〔家譜〕.
1849 嘉永2 3 18 松平慶永,文武の引立てを命じる〔家譜〕.
1849 嘉永2 4 21 福井藩,江戸で朱子学の儒者を求める〔松平文庫〕.
1849 嘉永2 (4) 22 鯖江藩,町方に対し質素倹約を命じる〔間部家文書〕.
1849 嘉永2 (4)
勝山藩家老林毛川,「上書草稿」を著す〔松井家文書〕.
1849 嘉永2 (4)
福井藩領や預所内の村むらと丸岡藩領坂井郡樋爪村・為安村の十郷用水路出入,公訴となる〔家譜〕.
1849 嘉永2 (4)
三方郡久々子村,早瀬浦との漁場争いの裁許を小浜藩に求める〔加茂徳左衛門家文書〕.
1849 嘉永2 5 19 鯖江藩,町人に木綿を着るように申し渡す〔間部家文書〕.
1849 嘉永2 5 21 福井藩,上方で朱子学の儒者を求める〔松平文庫〕.
1849 嘉永2 6 25 福井藩,坂井郡泥原新保浦に大筒台場を築くことを幕府に伺う〔松平文庫〕.
1849 嘉永2 6
大野藩,高島流砲術稽古場世話役を置く.
1849 嘉永2 7 11 小浜藩,「御家中仕法」を止める〔団嘉次家文書〕.
1849 嘉永2 7 12 三国湊の商船,朝鮮国へ漂着〔家譜〕.
1849 嘉永2 7
土井利忠,土田龍湾らに種痘の実施を命じる〔柳陰紀事〕.
1849 嘉永2 9 27 柴田一作,大野竜泉寺で道話を行う〔野尻源右衛門家文書〕.
1849 嘉永2 9 28 小浜藩,領内の宿人馬賃銭割増を幕府から許される〔酒井家稿本〕.
1849 嘉永2 9 29 鯖江藩,「六諭衍義大意」を町方・在方に配布〔間部家文書〕.
1849 嘉永2 10 15 鯖江藩,領内各村へ女子1人当たり苧・・・・・・35個を差し出すよう触れる〔窪田家文書〕.
1849 嘉永2 10 19 大野藩,泉州堺の銃工島谷与吉を鉄砲師として召し抱える〔土井家文書〕.
1849 嘉永2 11 25 笠原良策,福井に痘苗を伝え,福井城下浜町に除痘所を開設〔笠原家文書,越前史料〕.
1849 嘉永2 12 15 小浜藩,領内の損毛高2万1157石余を幕府に届ける〔酒井家稿本〕.
1849 嘉永2

この夏福井藩,不用の銅器を充当して洋式大砲4門を鋳造〔奉答紀事〕.
1849 嘉永2

この秋橋本左内,緒方洪庵の適塾に入学〔橋本左内全集〕.
1849 嘉永2

この年旗本本多家,坂井郡四十谷村安達利三郎らに領内支配万端を任す〔安達利雄家文書〕./鯖江藩,旧借整理を条件に再び借入を始める.
1849 嘉永2

この頃大野郡川合・鷲・野尻などの村むら,波紙をさかんに生産〔平野治右衛門家文書〕.
1850 嘉永3 1 26 土井利忠,「外寇渡来,海岸防禦」について布達〔柳陰紀事〕.
1850 嘉永3 1
大飯郡上下村で庄屋を務める大高持への不満から騒動がおこる〔村松喜太夫家文書〕.
1850 嘉永3 2 25 福井藩,笠原良策の除痘所へ毎年米20俵を与え,種痘の普及を命じる〔家譜,笠原家文書〕.
1850 嘉永3 2
大野藩,丹生郡織田村に陣屋を置き海防にあたる〔土井家文書〕.
1850 嘉永3 3 11 鯖江藩,藩医土屋仲宅方での種痘の実施を布令〔間部家文書〕.
1850 嘉永3 3 14 大野藩,新田野で小形元助一門に大筒調練を行わせる〔野尻源右衛門家文書〕.
1850 嘉永3 3 20 大野藩,笠原良策に依頼して痘苗をもらう〔柳陰紀事〕.
1850 嘉永3 3 28 福井藩,海岸絵図面を幕府に提出〔家譜〕.
1850 嘉永3 4
小浜藩,領内に異国船来航時の手配について触を出す〔熊川区有文書〕.
1850 嘉永3 4
福井藩,市川斎宮を藩士とし西洋砲術書の研究をさせる〔由利公正伝〕.
1850 嘉永3 5 24 大飯郡上下村で村中が庄屋の家に押しかける〔村松喜太夫家文書〕.
1850 嘉永3 6
坂井郡細呂木宿,間道を通る商人荷物の運送を禁じる制札を福井藩に請求〔森藤右衛門家文書〕.
1850 嘉永3 7 28 酒井忠義,京都所司代を免じられる〔酒井家稿本〕.
1850 嘉永3 7
鯖江藩,心学舎謙光舎(謙亨舎)を創設〔間部家文書〕.
1850 嘉永3 7
大飯郡高浜浦と小黒飯村との漁場争い,内済となる〔酒井家稿本〕.
1850 嘉永3 8 4 三方郡佐野村,猪が稲を荒らすので威鉄砲の拝借を小浜藩に願う〔野崎宇左衛門家文書〕.
1850 嘉永3 8
南条郡河野・今泉両浦,猿退治のため福井藩に鉄砲の借用を願う〔浜野源三郎家文書〕.
1850 嘉永3 8
「敦賀志」を著した敦賀の石塚資元が死去〔敦賀市史〕.
1850 嘉永3 9 8 鯖江藩,家中・町方に対し心学道話の聴聞を奨励〔間部家文書〕.
1850 嘉永3 9 10 京都明倫舎の佐野庄六,謙光舎で道話を行う〔間部家文書〕.
1850 嘉永3 9 27 柴田一作,大野竜泉寺で道話を行う〔斎藤寿々子家文書〕.
1850 嘉永3 12 23 福井藩,御家流砲術を制定し射撃術を洋法に統一〔家譜〕.
1850 嘉永3

この年朝廷,幕府に対しいっそうの海防強化を求める./勝山藩の波多野秀雄ら,大野藩の小形元助に西洋砲術を学ぶ〔松井家文書〕.