福井県史 年表

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西暦 和暦 事  項
1871 明治4 1 14 福井藩校明新館教師グリフィス福井に来る〔グリフィスと日本〕.
1871 明治4 2 8 福井藩,掌政堂を藩庁と改称し,各寮の名称を廃止する〔御触書写〕.
1871 明治4 2 8 福井藩,戸籍掛を置き,諸官員・非役士族卒・寺社の諸願伺届などを取り扱う〔御触書写〕.
1871 明治4 2
福井藩の村方を6郷に再編〔松平文庫〕.
1871 明治4 4 4 戸籍法制定(壬申戸籍).
1871 明治4 4 5 本保県,郡中惣代・各村の村役人を総百姓の選挙により行わせる〔坪田仁兵衛家文書〕.
1871 明治4 4 14 在京の福井藩大参事小笠原ら,高知・熊本・徳島・彦根・米沢各藩首脳と,藩政確立の模範について集議する〔宮島誠一郎日記〕.
1871 明治4 4
鉄道敷設のため,英人技師らが敦賀・塩津間,大津・京都間の測量を開始〔日本国有鉄道百年史〕.
1871 明治4 5 30 福井藩,四民混同の趣意による人材登用,士族卒への禄券発給など藩政改革の趣旨を藩内に示す〔家譜〕.
1871 明治4 5
福井藩,越前国を1県とする案を4藩(丸岡,鯖江,大野,勝山)に提示する〔宮島誠一郎日記〕.
1871 明治4 6 15 福井藩,福井城下を士族屋敷地を含めて8区とし,武生,三国と村方の6区(郷を区に改称)をあわせ,管内を16区に区分,各区に戸長を置く〔御触書写〕.
1871 明治4 6 15 福井藩,これより福井町内8か所に布告類を張り出す〔松平文庫〕.
1871 明治4 6 22 福井藩,城郭の破損について,修理を加えないことの許可を得る〔太政類典〕.
1871 明治4 6
福井藩,新設の本保県を核とする越前国1県案を4藩に再提案〔宮島誠一郎日記〕.
1871 明治4 6
小浜藩,管内を40数区に区画し,各区に戸長・副戸長を置く〔岡本卯兵衛家文書〕.
1871 明治4 7 2 太政官,滝谷港(丸岡藩)開港により,三国港(福井藩)と併せて坂井港と唱えさせる〔家譜〕.
1871 明治4 7 14 廃藩置県,福井・丸岡・大野・勝山・郡上・西尾・鯖江・加知山・小浜県が成立.
1871 明治4 7 19 旧大野藩,管内を10区に区分し,各区に戸長,戸長副を置く〔鈴木善左衛門家文書〕.
1871 明治4 8 8 お雇い教師グリフィスらの洋館が福井に完成〔グリフィスと日本〕.
1871 明治4 10 13 福井県,県兵規則を定め常備隊を解隊する〔御触書写〕.
1871 明治4 10 15 福井県,県社・郷社を定める〔御触書写〕.
1871 明治4 10 23 福井県,越前郵便之定を管内に配布して郵便制度を試行し,東京との月2回の定飛脚制度を廃止する〔上田重兵衛家文書〕.
1871 明治4 11 20 若狭3郡および越前今立・南条・敦賀郡を管轄する敦賀県と,越前足羽・吉田・坂井・大野・丹生郡を管轄する福井県が置かれる〔公文録〕.
1871 明治4 12 8 福井県参事に旧福井県大参事の村田氏寿(巳三郎)が任命される.
1871 明治4 12 10 敦賀県参事に旧本保県大参事の熊谷直光(武五郎)が任命される.
1871 明治4 12 13 グリフィス,大学南校で教えるため福井を去る〔グリフィスと日本〕.
1871 明治4 12 20 福井県を足羽県と改称〔公文録〕.
1871 明治4

この年旧福井藩士団野確爾,乳牛(短角種)を導入〔若越小誌〕.
1872 明治5 1 5 足羽県,各郡に郡中区分取締掛を置く〔坪川家文書〕.
1872 明治5 1 9 敦賀県,敦賀郡に戸長・副長を置く〔那須吉兵衛家文書〕.
1872 明治5 1 10 足羽県,各郡に郡長・副郡長を置く〔坪川家文書〕.
1872 明治5 1 19 足羽県,管下を70区に区分し,各区に戸長・副戸長を置く〔坪川家文書〕.
1872 明治5 2 29 熊谷直光敦賀県参事,戸籍権頭に転任.
1872 明治5 2 8 足羽県,大野町に出張所を置く〔御触書写〕.
1872 明治5 2
足羽県,各区の郷社を定めるため公選入札の実施を指示〔坪川家文書〕.
1872 明治5 3 22 旧福井城下の上水の官費普請を廃止し,芝原用水に組み入れる〔公事記録〕.
1872 明治5 3
敦賀県,元小浜県庁と元鯖江県庁の出張所を廃止〔岡文雄家文書〕.
1872 明治5 3
敦賀県,管内を37区に分け,各区に戸長・副戸長を置く〔岡本卯兵衛家文書〕.
1872 明治5 4 2 藤井勉三,敦賀県参事に就任.
1872 明治5 6
足羽県,東本願寺掛所で博覧会を開催〔撮要新聞〕.
1872 明治5 7 2 足羽県,荷車・人力車の所有者に鑑札を受けさせる〔坪川家文書〕.
1872 明治5 7 19 足羽県,従来の区の戸長・副戸長を一般戸長とし,村の戸長・副戸長をそれぞれ副戸長・村総代と改称〔御触書写〕.
1872 明治5 7
足羽県に5か所,敦賀県に9か所郵便取扱所を設置〔若越小誌〕.
1872 明治5 8 25 敦賀県,205冊の戸籍簿を政府に提出(8.30足羽県,366冊)〔公文録〕.
1872 明治5 8
足羽県新聞会社,『撮要新聞』第1号を発刊(〜1873.3,第11号で廃刊).
1872 明治5 9
敦賀県,地価取調帳を10月15日までに提出するよう布達する〔敦賀県第12号〕.
1872 明治5 9
右近権左衛門と中村三之丞,南条郡春日野から河野浦に通じる道路の開削を政府に請願〔福井県史料〕.
1872 明治5 10 20 敦賀県,貢米規則を布達して貢米の統一をはかり,貢米納所を指定する〔敦賀県第27号〕.
1872 明治5 10
足羽県,農商小学大意を定める〔坪川家文書〕.
1872 明治5 11 7 足羽県,各区戸長・副戸長に学制の徹底をはかり,従前の郷学などを小学・私塾として学区取締に届けさせる〔坪川家文書〕.
1872 明治5 11 16 敦賀県,散髪の実行を強く求める〔敦賀県第41号〕.
1872 明治5 11 17 足羽県管下の白山社と牛首村ほか17か村が石川県に編入〔太政類典〕.
1872 明治5 11 20 福井浜町の時鍾を二四時制に移行する〔御触書写〕.
1872 明治5 11 20 足羽県,断髪・筒袖服は農商にても苦しくない旨布達する〔御触書写〕.
1872 明治5 11 20 敦賀県,陰陽家・神子巫・神下しなどを廃止する〔敦賀県第44号〕.
1872 明治5 11
敦賀県参事藤井勉三,敦賀開港とそのための県域拡大を求める建白書を政府に提出〔公文録〕.
1872 明治5 11
足羽県,社格の選定結果を公表〔岩堀健彦家文書〕.
1872 明治5 11
敦賀県,小学規則を定める〔敦賀県第16号〕.
1872 明治5 11
敦賀県,区戸長職制を定め,県下を29大区とする大区小区制を敷き,従来の村役人を廃止する〔岡本卯兵衛家文書〕.
1872 明治5 12 3 太陰暦を廃止,この日を太陽暦明治6.1.1とする.
1873 明治6 1 8 足羽県,改暦にともない日曜日を休庁とする〔坪川家文書〕.
1873 明治6 1 9 鎮台配置改定,足羽県は第三軍管名古屋鎮台金沢営所(第七連隊)の,敦賀県は第四軍管大阪鎮台大津営所(第九連隊)の管轄地となる〔太政官第4号〕.
1873 明治6 1 14 敦賀県,足羽県を合併〔太政類典〕.
1873 明治6 1
教部省11等出仕の石丸八郎,今立郡定友村に帰省し各寺院に「三条の教則」を守るよう誓わせる〔太政類典〕.
1873 明治6 1
福井の城郭と敦賀(城郭なし)が存城となり,陸軍省管轄となる〔太政官達無号,陸軍省第47〕.
1873 明治6 1
敦賀県,敦賀・小浜・武生・鯖江に屯所を設置,邏卒伍長4人と邏卒12人を配置〔福井県史料〕.
1873 明治6 1
足羽県,「足羽県地理誌」を完成する.
1873 明治6 2 26 敦賀県,旧足羽県庁を支庁とする〔太政類典〕.
1873 明治6 2
敦賀県,散髪の実行・学校の創設・廃仏の徹底を旧敦賀県管内の区長・戸長に督促する〔岡文雄家文書〕.
1873 明治6 3 6 大野郡で一揆がおこる(3.11今立郡,3.13坂井郡)〔太政類典〕.
1873 明治6 3 22 鎮台兵の進駐のもとで,一揆側の「願書」を取り消すとともに,一揆参加者の一斉検挙に乗り出す〔太政類典〕.
1873 明治6 4 4 一揆主導者の判決下る.6人が即日処刑〔太政類典〕.
1873 明治6 4 22 敦賀県,地券取扱規則を定める〔敦賀県第39号〕.
1873 明治6 4
粟田部村で火災,84軒罹災〔福井県史料〕.
1873 明治6 5 2 敦賀県庁,仮県庁の今浜村永建寺に移る〔公文録〕.
1873 明治6 6
敦賀県,小学設置法を改正,管内を4中学校区とし,各戸に年25銭の小学費を課す〔敦賀県第55号〕.
1873 明治6 7 28 地租改正条例を布告.
1873 明治6 7
佐藤政養,工部大輔山尾庸三に敦賀・塩津間鉄道の早期着工を求める意見書を提出〔佐藤政養文書〕.
1873 明治6 9
大区小区制施行〔敦賀県第197号〕.
1873 明治6 10 20 『敦賀県区分表』発表〔明治六年敦賀県区分表〕.
1873 明治6 11
村田氏寿敦賀県参事,岐阜県権令に転出,寺島直権参事,参事に昇進〔敦賀県報告〕.
1873 明治6 11
敦賀県,租税課に勧業係を設置〔敦賀県報告〕.
1873 明治6 11
白川橋(今立郡上鯖江・丹生郡家久村間)架橋〔福井県史料〕.
1873 明治6 12 1 福井支庁の管轄地(越前5郡)を廃止し,支庁取扱事項を定める〔敦賀県第168号〕.
1873 明治6 12 22 越前8郡が名古屋鎮台管轄に移される〔陸軍省575〕.
1873 明治6 12 31 従前の大区を廃止する〔敦賀県第197号〕.
1873 明治6 12
第28番中学区福井私立中学校に師範学科を併設〔福井県史料〕.
1873 明治6 12
良休社,大野郡大野清水町に設立〔土井家文書〕.
1873 明治6

この年丸岡と大聖寺の有志が,丸岡町から長畝村,中川村,熊坂村,牛の谷村を経て大聖寺にいたる熊坂新道開削を請願する〔福井県史料〕.
1874 明治7 1 4 小浜・武生・大野に聴訟課出張所を設ける〔敦賀県第186号〕.
1874 明治7 1 4 県庁新庁舎落成し,事務取扱いを開始する〔敦賀県第194号〕.
1874 明治7 1 4 大区更正条例・区会所章程を定め,県下を19大区に区分する〔敦賀県第29号〕.
1874 明治7 1 17 由利公正・板垣退助ら民撰議院設立建白書を左院に提出.
1874 明治7 1 24 町村内の伍長役を廃止し,交替制の月行司を置くことを許す〔敦賀県第15号〕.
1874 明治7 1 28 正副戸長選挙互選入札方法章程を定め,総代人による互選法を採用する〔敦賀県第28号〕.
1874 明治7 1 30 小区改正定則,正副戸長職務章程を定める〔敦賀県第30号〕.
1874 明治7 1
海老助橋(足羽郡深谷村・吉田郡海老助村間)架橋〔福井県史料〕.
1874 明治7 3
敦賀県,戸長・副戸長の選挙を実施〔静斎日記〕.
1874 明治7 4 15 県,区長および学区取締役を武生に招集,中学校の設置問題・師範学校の拡張について協議〔静斎日記〕.
1874 明治7 4 28 中学新設と小学充実のための賦課金を改正,中学費の廃止と師範学校費の新設,および師範学校規則が公布される〔敦賀県第100号〕.
1874 明治7 4
福井私立中学校,福井明新中学と改称,師範学科が福井師範学校として独立〔福井県史料〕.
1874 明治7 5 5 敦賀県,民費賦課之規則を定め,諸事業における官費・民費を区別する〔敦賀県第120号〕.
1874 明治7 5
春日野新道竣工〔福井県史料〕.
1874 明治7 6 2 25か所の郵便役所が増設され,ほぼ県内全域で郵便が利用できるようになる〔敦賀県第119号〕.
1874 明治7 6 8 小浜町で火災,144軒罹災〔福井県史料〕.
1874 明治7 6 9 敦賀県,地租改正の告諭書と郡村取調規則を定める〔敦賀県第123号〕.
1874 明治7 6 22 区戸長職制,同事務章程を改定する〔敦賀県第121号〕.
1874 明治7 6
『改正敦賀県区分表』発表.
1874 明治7 6
勝山製糸会社が勝山下元禄町に創業〔越前人物志〕.
1874 明治7 7 17 小学校々則を定める〔敦賀県145号〕.
1874 明治7 7 18 グリフィス帰国の途につき,今立吐酔同行する〔グリフィスと日本〕.
1874 明治7 7
敦賀県,戸籍帳簿釐正手続略則などを公布し,戸籍の再調査に着手〔敦賀県第133号〕.
1874 明治7 8 4 敦賀県,町村費のうち,勧財醵金などの「冗費」を民費賦課としないよう注意をうながす〔敦賀県第166号〕.
1874 明治7 9 24 福井支庁の庶務課を引き払い,聴訟課関係の訴訟事件のみを取り扱う〔敦賀県第224号〕.
1874 明治7 10 30 敦賀県権令,未婚女子徴兵の噂により結婚を急ぐという敦賀郡内の混乱に対し区長を通じ諭告する〔燧区有文書〕.
1874 明治7 11 30 「敦賀県報告書巻之一」頒布される.
1874 明治7 12 27 第11大区が分割され,福井市街の士族居住地を中心に第20大区が新設される〔敦賀県第4号〕.
1874 明治7

この年県下で徴兵が行われる〔敦賀県治一覧表〕./三国で元丸岡藩士前田閑らにより三国汽船会社設立〔三国町史料〕./敦賀で大和田荘兵衛らにより敦賀汽船会社設立〔福井県史料〕.
1875 明治8 1 20 敦賀県,舟橋(吉田郡稲多村・舟橋村間)改架を内務省へ稟申(1875.9竣工)〔福井県史料〕.
1875 明治8 1 25 藤井勉三権令,広島県権令に転出し,後任に山田武甫就任〔敦賀県第27号〕.
1875 明治8 1
貸座敷渡世規則・娼妓規則施行〔敦賀県報告〕.
1875 明治8 2
福井市内4か所に郵便函場(ポスト)と切手売下所が設置される〔敦賀県報告〕.
1875 明治8 3 24 政府,地租改正事務局設置.
1875 明治8 5 7 熊坂新道の車道修築が許可される〔太政類典〕.
1875 明治8 5 12 苗字のないものは新設し,5月31日までに届け出るよう布達する〔敦賀県第113号〕.
1875 明治8 5 22 敦賀県会(区長会),敦賀の妙顕寺で開催.警察の拡張と地租改正総代人などについて審議〔宇野猪子部家文書〕.
1875 明治8 5
県会議事仮規則を定める〔敦賀県報告〕.
1875 明治8 6 17 各大区の地租改正総代人を任命する〔敦賀県第164号〕.
1875 明治8 6 19 敦賀県,地租改正事業の遂行について,明治9年に完成するよう管内各区に督促する〔敦賀県第164号〕.
1875 明治8 6
中角橋(吉田郡舟橋新村・中角村間)架橋〔福井県史料〕.
1875 明治8 7 1 正副戸長給額を事務繁忙のため増額する〔敦賀県第67号〕.
1875 明治8 7 1 大小区経費について予算法章程を定める〔敦賀県第75号〕.
1875 明治8 9 5 越前7郡の大区長,県庁の福井移庁願を提出〔公文録〕.
1875 明治8 9
小浜・武生・大野・福井の4か所に小学授業法伝習所を設置〔敦賀県第167号〕.
1875 明治8 10 5 大飯郡小堀村下車持村間の道路改修工事が許可される〔太政類典〕.
1875 明治8 10 10 敦賀県,浦村に漁場の範囲などを記した書面に証拠物(旧藩県の裁許書など)を添付して提出させる〔敦賀県第246号〕.
1875 明治8 11 4 敦賀県,1等から6等までの警部を置く〔敦賀県第266号〕.
1875 明治8 11 19 敦賀県会,敦賀の永源寺で開催.民費賦課定則の改正等を審議〔岡本卯兵衛家文書〕.
1875 明治8 12 4 公学規則公布〔敦賀県第294号〕.
1875 明治8 12 19 府県職制章程制定により,県庁内を6課に分課〔敦賀県第307号〕.
1875 明治8 12 25 戸長副戸長制を改正し,明治9年2月以降,副戸長を市街小区で減員し村落小区で増員する〔敦賀県第317号〕.
1875 明治8 12
敦賀県に警察事務を管掌する第4課警保が独立〔福井県史料〕.
1875 明治8

この年福井の養蚕家酒井功,県に請願し,橋本多仲・細井ジュンの京都への織機伝習派遣が実現する〔羽二重機業ノ沿革〕./三国汽船会社と敦賀汽船会社が合併し,敦賀・三国汽船会社となり,7月より三国・敦賀間の営業を開始する〔福井県史料〕.
1876 明治9 1 10 敦賀県,医務取締規則・薬品売薬取締規則を定め,大区ごとに医務取締を,9市街に薬品売薬取締を置く〔敦賀県第9号〕.
1876 明治9 1 19 正副戸長選挙投票方法を定める〔敦賀県第11号〕.
1876 明治9 2 5 敦賀県,県税規則を定める〔敦賀県第31号〕.
1876 明治9 2 27 丹生郡宿浦より上山中村にいたる新道修築が許可される〔太政類典〕.
1876 明治9 3 5 九頭竜川堤防(吉田郡河合新保村・中角村間)修築費の6割官費支給が認められる〔太政類典〕.
1876 明治9 3 24 敦賀港より杉津浦にいたる新道開築が許可される〔太政類典〕.
1876 明治9 5 12 政府,地租改正に承服せぬ者には地価を一方的に決定し,収税することを命じる〔太政官布告第68号〕.
1876 明治9 5 17 敦賀県,小浜・敦賀など市街地に巡査を派遣し,学齢不就学者を説諭し,就学を督励させる〔西野四郎太夫家文書〕.
1876 明治9 5 18 敦賀県,各大区長に違式違条例の徹底を促す〔敦賀県第151号〕.
1876 明治9 5
勝山製糸会社が旧城跡三ノ丸に移り,器械製糸経営を本格的に開始〔越前人物志〕.
1876 明治9 6 7 敦賀県会,武生の引接寺で開催.巡査増員と各大警区ごとの警部出張所設置などを審議〔青木喬家文書〕.
1876 明治9 6 17 改定県会議事規則を頒布する〔敦賀県第187号〕.
1876 明治9 6 19 大区会議事規則を頒布する〔敦賀県第186号〕.
1876 明治9 6 24 違式違条例を増補再調整し,管内に頒布する〔敦賀県第200号〕.
1876 明治9 7 10 敦賀県教育規則を定める〔敦賀県第217号〕.
1876 明治9 7 27 敦賀県,地租改正作業未了のため暫定的に前年の租額に比準した徴収を決定〔敦賀県第229号〕.
1876 明治9 7
敦賀県,村野文次郎を染色技術伝習生として京都に派遣,またバッタン機2台を県費購入する〔福井県織物同業組合三十五年史〕.
1876 明治9 8 21 敦賀県廃止,嶺北7郡が石川県に,嶺南4郡が滋賀県に分属する〔太政官第112号〕.
1876 明治9 8 22 石川県,福井に警察出張所を置く〔石川県史料〕.
1876 明治9 9 20 滋賀県,嶺南4郡の土地人民を受け取り,当分旧県庁に出張所を開設する(10.24出張所廃止)〔滋賀県史料〕.
1876 明治9 10 2 石川県,福井の旧敦賀県支庁に金沢裁判所福井支庁を開く〔石川県乙62番〕.
1876 明治9 10 5 石川県,福井に支庁を置き,嶺北7郡にかかわる事務を分掌させる〔石川県乙61番〕.
1876 明治9 10 14 滋賀県,小浜に警察第七方面出張所(10.24開庁),敦賀に同第八方面出張所(10.27開庁)を設置〔滋賀県史料〕.
1876 明治9 11 2 石川県,嶺北7郡に各町村耕宅地等級取調手続を頒布し,等級表の提出を督促する〔石川県福81番〕.
1876 明治9 11 15 嶺南4郡が京都裁判所大津支庁(11.28開庁)および海津区裁判所(11.29開庁)の管轄となる〔滋賀県史料〕.
1876 明治9 12 18 滋賀県,警察第七方面に3か所,第八方面に2か所の屯所を置く(1877.2.9方面出張所を警察署,屯所を分署と改称)〔滋賀県史料〕.
1876 明治9 12
金沢裁判所支庁および福井区裁判所,福井佐佳枝中町に開設〔石川県史料〕.
1877 明治10 1 4 地租軽減詔書により,正租を地価の2.5%に改訂〔太政官布告第1号〕.
1877 明治10 1 16 石川県,天然痘流行のため巡回心得を嶺北7郡に頒布する〔石川県史料〕.
1877 明治10 1 30 西南戦争(〜9.24),本県戦死者153人〔福井県史料〕.
1877 明治10 2 3 福井・武生・大野の小学授業伝習所を廃止,福井に石川県第三師範学校と石川県第三女子師範学校を設置〔石川県史料〕.
1877 明治10 2 24 若狭街道熊川以東の車道開削が許可される〔太政類典〕.
1877 明治10 3 26 福井に公立病院を設置する〔石川県史料〕.
1877 明治10 3
大野区裁判所設置〔石川県史料〕.
1877 明治10 4 2 第九警察出張所(福井)の所轄を割き,大野に第十警察出張所を置く〔石川県乙51番〕.
1877 明治10 4 5 石川県,嶺北7郡に収穫米等取調順序を頒布し,各地収穫取調帳を差し出させる〔石川県番外〕.
1877 明治10 4 10 福井で博覧会を開催する〔石川県史料〕.
1877 明治10 4 10 第三女子師範学校を福井佐佳枝町に仮設置する〔石川県史料〕.
1877 明治10 4
福井の士族14人,毛矢町に織機10台をそなえ織工会社を開業〔羽二重機業ノ沿革〕.
1877 明治10 5 8 公立福井病院,隣接の旧女学校校舎を病舎にあて開院(1878.8新築再開院)〔福井繁昌記・一名福井案内〕.
1877 明治10 5 26 小浜小学授業法伝習所が小浜伝習学校と改称〔滋賀県史料〕.
1877 明治10 6 15 南川堤防(府中村地内)修築許可される〔太政類典〕.
1877 明治10 6 17 滋賀県令,嶺南4郡耕宅地の地租改正事業の終了を,地租改正事務局に上申する〔公文録〕.
1877 明治10 6 27 小浜区裁判所新設,嶺南4郡を管轄〔滋賀県史料〕.
1877 明治10 6
小浜伝習学校が在学生徒を大津師範学校に移し,現職の教員40余人を入学させて伝習学科とする〔文部省年報〕.
1877 明治10 6
滋賀県,漁業取締規則を定める〔滋賀県史料〕.
1877 明治10 7 20 敦賀の蛭子・鍵屋・港・大手の各町名を,県内に同町名があることから幸・末広・大湊・浪花町と改称する〔西野四郎太夫家文書〕.
1877 明治10 8 1 嶺北7郡の大区番号を第14〜28大区に改称する〔石川県乙88番〕.
1877 明治10 8 15 嶺北7郡に,区方仮条例を施行する〔石川県乙86番〕.
1877 明治10 9 13 敦賀警察署を廃し小浜警察署へ合併,新たに敦賀分署設置〔滋賀県史料〕.
1877 明治10 9 17 石川県,管内の警察出張所・仮分署・巡査屯所を廃止し,坂井・武生・福井・大野など警察署13,分署87を置く〔石川県史料〕.
1877 明治10 11 1 石川県,違式違条例を改正,「僻邑辺村」において,うち数条の適用を猶予する〔石川県史料〕.
1877 明治10 11
石川県,嶺北7郡の各村へ収穫見据額を公表〔越前国七郡改租事業経歴書〕.
1877 明治10 12 17 第二十五国立銀行(小浜)設立〔公文録〕.
1877 明治10 12 21 石川県,収穫地価調査に着手する〔54号〕.
1877 明治10

この年酒井功が石川県から旧敦賀県購入のバッタン機を借りうけ,福井毛矢町の県勧業分試験場で傘地の試織を開始〔福井織物同業組合三十五年史〕./今立郡上池田村岡研磨,乳牛(ホルスタイン・フリーシャン種)を導入〔福井縣史〕.
1878 明治11 1 8 滋賀県,山地改租のため山地調査心得書を嶺南4郡に達する〔滋賀県丙第1号〕.
1878 明治11 1 11 石川県,漁業取締規則を定める〔石川県甲6号〕.
1878 明治11 1 26 北川堤防(太良庄・高塚村地内)修築許可される〔太政類典〕.
1878 明治11 1
嶺北7郡各大区の区長,桐山権令に建白書を提出,見据えの減額を訴える〔青木喬家文書〕.
1878 明治11 2 26 小浜警察疋田分署を敦賀分署に合併し,熊川・中井両分署を廃止〔滋賀県甲第10号〕.
1878 明治11 3 1 坂井警察砂子坂分署を開設する〔石川県史料〕.
1878 明治11 3 8 滋賀県,警察本分署遠隔地などに捕卒を設置し,司法警察事務を執行させる〔滋賀県丙第51号〕.
1878 明治11 3 13 石川県,町村総代人選挙法並心得書を改正し,町村会準則を編制する〔石川県史料〕.
1878 明治11 3 14 武生警察大森・蒲生・織田3分署を福井警察署の所管に移す〔石川県史料〕.
1878 明治11 3 16 石川県,警察費を改正し管内の警察民費を統一する〔石川県史料〕.
1878 明治11 3
大野に勤倹社設立(〜1883.2)〔土井家文書〕.
1878 明治11 4
三井銀行敦賀支店開設,国庫金の取扱いを開始〔三井銀行八十年史〕.
1878 明治11 4
石川県下で農事通信報告を開始〔福井縣史〕.
1878 明治11 5
オランダ人技師のエッセルとデレーゲが参画し,三国港の築港工事を開始〔若越小誌〕.
1878 明治11 6 20 福井の九十九橋修復,すべて板橋となる〔石川新聞〕.
1878 明治11 6
内田周平ら坂井港の商人が1500円の献金を条件に同港への電信架設を請願する〔三国町史料〕.
1878 明治11 6
加賀大聖寺から丸岡町にいたる新道が完成する〔石川県史料〕.
1878 明治11 7 22 郡区町村編制法・府県会規則・地方税規則(三新法)制定〔太政官布告第17〜19号〕.
1878 明治11 9 5 滋賀県大津から石川県魚津(富山)にいたる電信が架設され,福井と敦賀に電信分局が置かれる〔福井県史料〕.
1878 明治11 10 6 明治天皇巡幸(〜10.10)〔巡幸日誌〕.
1878 明治11 10 9 滋賀県,府県官職制により庶務・勧業・租税・警察・学務・出納・衛生・銀行の8課と地租改正事務掛に分課する〔滋賀県丙第212号〕.
1878 明治11 10
敦賀町の4校(就将・振育・簡修・進良)の教員が協議して「教育会」を開く〔敦賀西小学校文書〕.
1878 明治11 10
第九十一国立銀行(10.3福井),第五十七国立銀行(10.5武生),第九十二国立銀行(10.11福井)設立〔銀行総覧〕.
1878 明治11 11 12 滋賀県,就学督励につき告諭書を達す〔滋賀県丙第249号〕.
1878 明治11 12 9 石川県が大区小区制を廃止し,郡区町村制をしく〔石川県史料〕.
1878 明治11 12 17 滋賀県令,嶺南4郡林野の地租改正事業の終了を,地租改正事務局に上申する〔公文録〕.
1878 明治11 12 20 敦賀区裁判所新設,敦賀・三方の両郡を管轄〔滋賀県史料〕.
1878 明治11 12 20 石川県,福井支庁を廃止する〔石川県史料〕.
1878 明治11 12 27 石川県,府県官職制により庶務・勧業・租税・地理・土木・警察・学務・出納の8課と地租改正事務所に分課する〔石川県史料〕.
1879 明治12 1 25 本多副元が特旨をもって華族に列せられる〔太政類典〕.
1879 明治12 1 28 石川県公立明新中学校設立認可〔福井県教育百年史〕.
1879 明治12 2 7 小浜伝習学校(伝習学科のみ)が小浜初等師範学校となる〔文部省年報〕.
1879 明治12 2 24 不服28か村を除き嶺北7郡の旧税法を廃止.明治9年にさかのぼって新税法を実施.石川県令桐山純孝依願免本官〔石川県乙20番〕.
1879 明治12 3 5 内務少書記官千阪高雅,石川県令に任じられる〔石川県史料〕.
1879 明治12 3 17 石川県,嶺北7郡市街地の地租改正事業の終了を,地租改正事務局に上申する〔公文録〕.
1879 明治12 4
敦賀・三国汽船会社,三国丸を新造〔福井県史料〕.
1879 明治12 5 9 敦賀区裁判所開設し,敦賀・三方郡と浅井郡の一部を管轄させる〔滋賀県甲第31号〕.
1879 明治12 5 16 滋賀県,郡区町村制を敷き,郡役所の位置を定める.戸長職務条例を定める(7.1実施)〔滋賀県甲第32・33号,丙第80号〕.
1879 明治12 5
第1回石川県会,予算案をめぐり越前・加賀・能登・越中の地域的利害が対立〔石川県議会史〕.
1879 明治12 6 4 敦賀・小浜に警察署を設置〔滋賀県甲第48号〕.
1879 明治12 6 4 石川県,学事通則を管内に布達する〔石川県史料〕.
1879 明治12 6 28 石川県,虎列刺予防法を管内に布達する〔石川県史料〕.
1879 明治12 7 1 滋賀県,郡役所を開庁する〔滋賀県甲第51号〕.
1879 明治12 7 20 杉田定一,坂井郡波寄村の自宅酒倉を改造して自郷学舎を開く〔杉田定一関係文書〕.
1879 明治12 7 23 石川県,勧業通信委員を置く〔石川県史料〕.
1879 明治12 7
小浜製糸会社,士族授産事業として創業〔日本全国諸会社役員録〕.
1879 明治12 8 6 丹生郡梅浦の住民,コレラの検疫処置に疑惑を抱き検疫所に乱入〔越前町史〕.
1879 明治12 8 8 地租改正不服村の多くが68号処分の取消しを獲得〔太政類典〕.
1879 明治12 8 24 杉田定一,民権政社「自郷社」を結成〔杉田定一関係文書〕.
1879 明治12 9 29 学制廃止,教育令制定〔太政官布告第40号〕.
1879 明治12 10 9 塩津経由,米原・敦賀間の鉄道敷設が決定〔日本国有鉄道百年史〕.
1879 明治12 10 16 石川県,調査課を新設する〔石川県史料〕.
1879 明治12 11 7 大阪での第3回愛国社大会に杉田定一が出席,自郷社の加盟が承認される〔明治十二年公会決議録并議事録〕.
1879 明治12 11 13 金沢医学所,福井・富山両医学所を合併し,金沢医学校と改称する〔石川県史料〕.
1879 明治12 11 20 福井・坂井港(三国)間に電信が開通〔福井県史料〕.
1879 明治12 11
福岡正倫社の奈良原至が杉田定一とともに県下各地を遊説〔玄洋〕.
1879 明治12 12 2 敦賀郡東今浜・西今浜・松中・鋳物師村を合併して松島村,大飯郡市場・上下・下薗村を合併して本郷村とする〔滋賀県甲第169号〕.
1879 明治12 12 10 遠敷郡竹原・西津町を分割改称し,竹原村・西津村とする〔滋賀県甲第172号〕.
1879 明治12 12 12 嶺北7郡地租改正再調査のことが,地租改正事務局総裁大隈重信の名で布達される〔石川県番外〕.
1879 明治12 12 26 今立郡杉谷村を南条郡へ編入〔太政類典〕.
1879 明治12

この年全国的にコレラが蔓延,県内のコレラ患者3000人をこえる〔福井県衛生年報〕./滋賀県下で農事通信規則改正(勧業世話役の設置)〔福井縣史〕.
1880 明治13 1 14 石川県,学事通則を改定し,学務委員を新設する〔石川県史料〕.
1880 明治13 1 15 石川県,衛生課を新設する〔石川県史料〕.
1880 明治13 1 21 嶺北7郡で地租改正再調査開始〔石川県乙2番〕.
1880 明治13 1 22 杉田定一,地租改正再調査への対応を協議するため,嶺北7郡各村有志の出福を要請する〔杉田定一関係文書〕.
1880 明治13 2 17 南越七郡連合会の結成大会,福井本覚寺で開催〔加藤竹雄家文書〕.
1880 明治13 3 1 武生に電信分局を設置〔太政類典〕.
1880 明治13 3
福井商法会議所創設(4.―武生・坂井,8.―勝山)〔福井県勧業年報〕.
1880 明治13 4 19 滋賀県,警察課を警察本署と改称(4.21石川県)〔滋賀県甲第31号,石川県史料〕.
1880 明治13 4 26 滋賀県,小浜師範学校を廃止し県立小浜中学校を設置〔滋賀県沿革略史〕.
1880 明治13 4
福井の士族毛受洪,千本久信ら,国会開設請願運動への参加を杉田仙十郎から求められ,署名を断る〔杉田定一関係文書〕.
1880 明治13 6 5 北陸線敦賀・長浜間の敷設工事が始まる〔公文録〕.
1880 明治13 6 30 石川県,勧業試験場と福井・富山両勧業分場を廃止する〔石川県史料〕.
1880 明治13 7 28 石川県第三小学師範学校を福井小学師範学校とする〔石川県史料〕.
1880 明治13 7 31 福井病院内に福井医学所を創設する〔石川県史料〕.
1880 明治13 8 11 敦賀港に北海道物産取扱派出所を設置〔太政類典〕.
1880 明治13 9 21 石川県,再調査後の収穫地価および受書差出期限を示し,受書未提出の村には検見法施行の諭告を出す〔石川県福32・33番,番外〕.
1880 明治13 9 24 石川県,農商通信規則を定め,通信委員を置く〔石川県史料〕.
1880 明治13 9 29 滋賀県立小浜中学校廃止〔滋賀県沿革略誌〕.
1880 明治13 9
武生の自由舎,『慷慨新誌』を発刊.
1880 明治13 10 7 大飯・遠敷・三方3郡,公立小浜中学校を設置〔滋賀県沿革略誌〕.
1880 明治13 10 7 滋賀県,各郡に郡医を置き貧民施療規則を定める〔滋賀県甲第127号〕.
1880 明治13 10
杉田定一,「経世新論」を著わす.
1880 明治13 11 2 旧福井藩士族に養蚕会社設立資金1万5000円が貸与される〔太政類典〕.
1880 明治13 11
福井の商人を中心とする「勉強会」,嶺北7郡の分県を千阪県令に請願〔松平文庫〕.
1880 明治13 11
羽水教校,福井の西本願寺別院内に創立〔福井繁昌記・一名福井案内〕.
1880 明治13 12 14 坂井港修築工事落成〔福井県史料〕.
1880 明治13 12 21 旧鯖江藩士族に開墾・製糸資金2500円が貸与される〔太政類典〕.
1880 明治13 12
千阪石川県令,越前若狭両国からなる一県設置の必要性を政府に建言〔公文録〕.
1880 明治13

この年千阪石川県令,太政官第25号を根拠に翌年の再見直しを約束し,233か村から受書を提出させる〔杉田定一関係文書〕.