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今月のアーカイブ

 Archive of the Month


平成22年2月展示
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福井藩士のくらし
−石川家・大谷家の場合−
石川家・大谷家屋敷跡から出土した陶磁器類
17世紀半ばの石川家・大谷家屋敷跡から出土した陶磁器類
平成22年1月29日(金)〜2月24日(水)
*終了しました。
*県史講座「福井藩士の生活」 2月7日13:30〜*講座は終了しました。 (pdf:546KB)

文書館閲覧室
県庁周辺をはじめ、福井市街中心部の地下には江戸時代を生きた人々の生活が
垣間見える品々が数多く眠っています。
今月は、こうした“物言わぬ語り部”に光を当て、
ふくいの過去の姿を解き明かしてきた県埋蔵文化財調査センターと連携し、
福井城下から出土した資料と松平文庫(福井県立図書館保管)・当館所蔵の絵図や文書をてがかりに、
上級武士のくらしの一端をご紹介します。

福井城下における石川家・大谷家の位置
石川家・大谷家屋敷は、東三の丸の堀を挟んで東側(永平寺町・天草町)にありました。

1685年福井城下の絵図に描かれた石川家・大谷家
「福居御城下絵図」部分 1685年(貞享2) 松平文庫 福井県立図書館保管
福井城下の絵図は、創建直後の慶長期から幕末期に至るまで多数残っています。
この絵図からは、1669年(寛文2)に起こった「寛文の大火」から
1686年(貞享3)に福井藩の石高がほぼ半分に減った「貞享の大法」
の直前までの城下のようすがわかります。
藩の重要ポストを担う上級武士が集中していた城の西南側とは反対の、
東三の丸の堀をはさんだ角の区画に、石川宗左衛門・大谷次郎作の屋敷が見られます。

発掘された石川家・大谷家
発掘された石川家・大谷家 福井県埋蔵文化財調査センター作成
石川家があった場所は、大昔から住むのに最適な微高地で、
下層には弥生時代から桃山時代の遺跡がひろがっていました。
屋敷の南・西に道が通り、東には川が流れています。
南側が正面で、門を開き、その奥に玄関があったと考えられます。
屋敷の西南には池を中心とした庭園がありました。
建物跡ははっきりとわかりませんでしたが、この庭に面して表座敷があったと考えられます。
屋敷北東に生活ゴミを捨てる穴が集中する一角は裏庭で、
この付近が台所など勝手向きの場所と考えられます。
大谷家は道に面する西側が表に当たりますが、調査範囲外でした。
川沿いの東側が勝手向きに当たり、石敷きの流し遺構やゴミ穴が見つかっています。

「莇生田村又左衛門」の木簡と下莇生田村の太閤検地帳
「莇生田村又左衛門」の木簡と下莇生田村の太閤検地帳
福井県埋蔵文化財調査センター 齊藤敬二家文書 A0028-00001
大谷家跡から出土した木簡のほとんどは、
年貢の荷付(につけ)札と考えられ、「村名」と「人名」が書かれています。
この木簡には「莇生田(あぞうだ)村 又左衛門」の名がみられ、
右の「太閤検地帳」にも同じ名前が記されています。
このような年貢の荷付札は、
農民から藩への納税や藩から家臣への給与支払いの実際を知る上での貴重な資料といえます。

宴に使われる陶磁器類
宴(うたげ) 福井県埋蔵文化財調査センター
新年会や送別会など、酒を酌(く)み交わす宴会は今も昔も変わりません。
現代では居酒屋などで開かれますが、
江戸時代前半では、上司が部下を自宅へ招くことが多かったようです。
徳利(とっくり)は現代も人気の高い備前焼(岡山県)です。
備前焼は、福井城下では上級武士の屋敷に集中します。
杯(さかずき)は中国製染付です。
伊万里焼(佐賀県)の鉢(杯の右奥)も上級品です。

茶の湯に使われた瀬戸黒茶碗
茶の湯 福井県埋蔵文化財調査センター
江戸時代、茶道は武士のたしなみとして必修科目と言えるものでした。
接待のお茶と違い、茶の湯では点前(てまえ)を見せるため様々な茶道具が必要となります。
茶器の量・質は身分の高さに比例することが発掘調査から明らかとなってきました。
展示している大振りな茶碗は、桃山時代に作られた「瀬戸黒茶碗」と呼ばれるものです。
屋敷の東側(裏)を流れる川に捨てられていましたが、
現代まで伝世している数が少なく貴重な逸品です。
石川・大谷両家の境目付近で見つかったためどちらの所持品かはわかりません。

諸士先祖之記
諸士先祖之記 1721年(享保6) 松平文庫(福井県立図書館保管) 937
福井藩家中の藩士390家の系図書で、
藩祖秀康から吉邦の代にいたる、それぞれの家の由緒が記されています。
石川宗左衛門家は三河国(現在の愛知県)から秀康の代に召し出された由緒ある家柄でしたが、
藩主綱昌が逝去すると一旦浪人となり、吉邦の頃に再び召し出されたようです。

「屋敷地絵図」に記された歴代居住者
「御家中屋敷地絵図」 1852年(嘉永5) 松平文庫 福井県立図書館保管
福井城下の各屋敷の見取図と、歴代の居住者名が記された絵図帳です。
この資料から、各屋敷地には代々どんな武士が住んでいたのか知ることも可能です。
石川家は1686年(貞享3)江戸に移ったため、西尾家の屋敷となりました。
以後、旧石川家と大谷家の屋敷地が合わさり、
酒井十之丞(知行高820石)がこの地に居を構えました。

戊午(ぼご)屋舗絵図 福井県文書館蔵
「戊午(ぼご)屋舗絵図」 1858年(安政5) 山内秋郎家文書(当館蔵) X0142-00307
福井城下の武家屋敷地の大半をカラーであらわした携帯用の住宅絵図です。
福井城東三の丸の堀を隔てた松原とよばれる区画に、
200年前に石川家・大谷家が住んでいた屋敷地があります。
この絵図では藩主慶永(春嶽)の側近として活躍する酒井十之丞の屋敷となっています。
ポスターpdf:287KB

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