今月のアーカイブ

 Archive of the Month


平成22年4月展示
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 松平春嶽(慶永)略年表       月替展示概要はこちらへ
西暦 和暦 年齢
(数え)
事   項
1828 文政 11 1 ・徳川(田安)斉匡の八男として誕生。幼名は錦之丞。
11代将軍徳川家斉は伯父、12代将軍家慶は従兄。
1838 天保 9 11 ・幕府、錦之丞(慶永)を福井藩主の養子とする。
・前福井藩主松平斉善19歳で死去。
・福井藩主となる。
・元服、将軍家慶から一字を賜り、慶永と改名。
1839 天保 10 12 ・藩士へ3か年の半禄を命じる。
・支出抑制のため、藩主手元の費用を半減する。
1840 天保 11 13 ・家老松平主馬を罷免し、中根雪江らによる改革始まる。
・家中の衣服など倹約の励行を命じる。
1841 天保 12 14 ・藩士への半減借米をやめ、町在から日掛調達金を徴収する。
・幕府に先んじて、50年にわたって認めてきた株や免札を差しとめる。
・敦賀に設置した魚荷物の会所趣法をやめる。
1842 天保 13 15 ・幕府の命により、海岸の絵図と警衛の説明書を提出する。
1843 天保 14 16 ・町在の困窮により日掛調達金を中止する。
・初めて福井に赴く。
・吉崎から河野までの海岸部を視察する。
1844 弘化 1 17 ・向こう4年間、上級家臣(600石以上)に対し、従来の地方知行を税率決定権のない
 蔵出知行に改め、100石までの藩士に対しては蔵出知行を蔵米支給に変更する。
・年貢徴収を従来の検見法から定免法とし、税収の安定をはかる。
1845 弘化 2 18 ・年貢収納が検見法に戻る。
・改革派中根雪江ら謹慎となる。
1846 弘化 3 19 ・歳出抑制のため、5年間続いた幕府に対する贈答の簡素化を延長することが承認される。
1847 弘化 4 20 ・飢饉にそなえ、藩内で実施した囲米について、14の代官領にも土蔵を設置する。
・オランダ式青銅製大砲のハントウモルチールとヤセンの製造を幕府に届け出る。
1848 嘉永 1 21 ・実父徳川(田安)斉匡死去。
・越前国内の鋳物師に製造法を伝えるため、江戸から大砲師を呼びよせる。
1849 嘉永 2 22 ・国元で6門の大砲が完成、泥原新保浦への台場設置を幕府に願い出る。
・熊本藩主細川斉護の娘、勇姫との婚姻が成立する。
・文政年間に設置された産物方による専売趣法を停止する。
・勧農方を置き、農業と農村の振興を図る。
・笠原良策(白翁)の私邸に仮除痘所を設け、種痘を開始する。
1850 嘉永 3 23 ・江戸の蘭学者市川斎宮を招いて砲術師範とする。
1851 嘉永 4 24 ・学問や武術修業のため京都・大坂・江戸へ出る者への資金援助を行う。
1852 嘉永 5 25 ・従来の弓組を廃して、服部三郎兵衛など6人を鉄砲組に改める。
1853 嘉永 6 26 ・ペリー来航に対応し、在府藩士が品川御殿山の警衛にあたる。
・三岡石五郎(のちの由利公正)など藩士25人を砲術訓練のため江戸に向かわせる。
・弾丸先込式の洋式銃購入を奨励する。
1855 安政 2 28 ・学問所を明道館と称し、開館する。
1856 安政 3 29 ・次期将軍として一橋慶喜の擁立運動を開始する。
1857 安政 4 30 ・この年、藩政改革が本格化する。
1858 安政 5 31 ・このころ通商条約・将軍継嗣問題で一橋派と南紀派が対立。
・安政の大獄。「隠居・急度慎」の処分を受ける。
1860 万延 1 33 ・桜田門外の変、井伊直弼暗殺される。
・「急度慎」の処分を解かれる。
1862 文久 2 35 ・政事総裁職を命じられる。
1863 文久 3 36 ・上洛して幕政改革を求めるが容れられず、福井へ戻る。
1867 慶応 3 40 ・王政復古、新政府から議定職を命じられる。
1868 明治 1 41 ・内国事務総督に任じられる。
1869 明治 2 42 ・民部官知事に任じられる。以後民部卿・大蔵卿・大学別当兼侍読などを歴任。
1870 明治 3 43 ・大学別当兼侍読を罷免され、公職から退く。
1890 明治 23 63 ・東京で死去。
 

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